イタリアの企業は9割が家族経営である。特に商品のライフサイクルが長い家具ビジネスの世界では、アメリカ式の経営は馴染まず、家族経営が圧倒的に多い。デザイン史に名前を残すKartell(カルテル)も、その例に漏れず、1949年にジュリオ・カステッリとアンナ・カステッリ・フェリエーリの夫婦によって設立されている。近年来日することの多いコマーシャルディレクターのフェデリコさんは、カルテルの第3世代、次期経営者となる人物だ。
創業者のジュリオさんは化学者で、ノーベル賞を受賞したG.ナタ教授の教え子。彼の開発した、当時の最先端素材であるプラスチックを用いて、Kartellは家具の大量生産に成功した。そして妻のアンナさんは、ミラノ工科大学を最初に卒業した女性デザイナー。イタリア・デザイン界の中心的な人脈に通じており、Kartellにはトップレベルのデザイナー達が集まった。そして二人の娘婿である、クラウディオ・ルーティは、ファッションブランドのベルサーチの社長を務めた後、1988年からKartellの社長に。現在は、ミラノサローネのトップも務めている。このようにKartellを経営するのは、イタリア・デザイン界の華麗なる一族なのだ。そして本国での知名度も圧倒的。「ミラノ人の8割はKartellの名前を知っているし、どんなスタイルの家具を作っているかも分かっている」とフェデリコさんは話す。
もっとも興味深いことに、社長のクラウディオさんは、単に会社をマネージするだけでなく、デザインまで決定している。ヴィコ・マジストレッティやフィリップ・スタルクなどの世界的なデザイナーを起用し、Kartellを大きくしたのもクラウディオさんだ。そのうえ、かなりの目利きでもある。ミラノのギャラリーでロン・アラッドの金属の彫刻を見かけ、Kartellのためにリ・デザインを依頼して生まれたのがブックワームだ。また、サッカーを観戦していて、警察がフーリガン対策に透明な盾を持っているのに気づき、その素材で家具を作ることを発案。そこから全世界で100万脚以上も売れるルイ・ゴーストが誕生した。
透明な素材を使った「見えない家具」のシリーズは、現在同社の大きな柱となっている。このように社長がデザインに責任を持つことについて、「デザイナーのジャンニ・ベルサーチの下で社長をしていて、気づいたものです。デザイン・カンパニーで最重要なのはデザインだから、トップが判断すべきだと」とルーティさんは話す。
そんなKartell製品のデザイン上の特徴について、フェデリコさんは意外なコメントをする。「我々の家具は、伝統的なヨーロッパのものだけでなく、アジアやアメリカの家具ともうまくマッチするんですよ。だから既存の家具と混ぜて使うと、人を『おっと』と思わせる効果がある」と。そんなフェデリコさんの家も、父親のクラウディオさんの自邸も、プラスチックの家具が溢れた邸宅ではない。長年使った家具の間に、自社製品がポイントとなるように置かれたインテリアだ。これからKartell製品を使い始める人も、最初から家じゅう全てをプラスチックの家具にするのではなく、まずは既に持っている家具に合わせることを考えるべきだろう。
さて、Kartellの最も特徴的なことといえば、プラスチック素材を中心とした製品構成である。この素材だからこそ、自由な形や色をした家具が、多くの人の手に届く価格で製造できるのだ。しかも、そのプラスチックの質が非常に高い。特に近年のKartellの家具を見れば、デザインのプロでなくとも、クオリティの高さを感じることだろう。 聞けば、同社は素材や製造技術の開発に莫大な投資を行っているとか。Kartellが標榜しているのは、“Made in Milano”。ミラノ工科大学やミラノ近郊の製造会社などと一体となって研究・開発を行い、このエリアの工場で製造を行っているのだ。今では、日本で作れないからと、ミラノ地域の工場にプラスチック製品の製造を依頼する日本企業も存在するほど。その技術力の高さは、吉岡徳仁の手がけたマトリックス・チェアの複雑さを見れば一目で分かるだろう。最近は、完全に土に返るリサイクル可能なプラスチックも利用している。Kartellは、安価な雑貨を手掛けているブランドではけしてない。
こうした特徴ある家具作りを長年行ってきたKartell社。イタリアならではの家族経営の企業ということで、代々受け継がれてきた帝王学などあるのだろうか。この質問にフェデリコさんはこう答える。「特別なことを教え込まれたことはありません。幼いころから父と一緒に過ごして、そのなかで自然と学んできたように思います。でも、日本については色々と聞いていますよ。ベルサーチ時代から、日本とのやりとりがありましたから。父は日本人の丁寧さを非常に感心していました。私も同じことを感じています。だから私はこの国のことが大好きです」。今後フェデリコ・ルーティの来日する機会は増えそうである。
(取材・文・写真 ジョー スズキ)
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